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脱サラから始まった 太田市初、令和のだるま職人 「だるま工房 吉んと(きちんと)」

吉んと 治さん

脱サラから始まった 太田市初、令和のだるま職人 「だるま工房 吉んと」

自分が唯一できるのは だるまを「吉(きち)んと」作ること

鶴が2羽、羽を広げた姿を見立てた眉、亀の形を模している小鼻からひげ。顔の脇には「商売繁盛」「家内安全」など願い事を入れる。群馬県の伝統工芸品、高崎だるまの特徴だ。群馬県太田市で初めて、高崎だるまの製造工場を創業した「だるま工房 吉(きち)んと」。だるま市に並ぶ一般的なものから、お土産に好まれるカラフルなミニサイズ、完全オーダーのオリジナルまで、様々な種類のだるまを製造している。「普段作る一般的なだるまは誰が手に取るかわからないので、お客さんのどんな願いが込められるのかを知ることができない。だから自分が唯一できることは『きちんと』作ることなんです」と話すのは小野里治(おのざとおさむ)さん。立ち上げて4年目を迎えただるま製造工場の名前には縁起の良いだるま、という意味で「吉(きち)」の文字を入れている。

吉んと_髭の説明

眉は鶴が2羽、小鼻からひげが亀の形。説明してくれる治さん

脱サラ、そして8年間に及ぶ修行を経てだるま職人に

太田市出身の治さん。幼少の頃から絵を書くことが好きで、手先の器用さには自信があった。20~30代はサラリーマン。40代を前にして、この先どうするかを考えていた時期に群馬県達磨製造協同組合が後継者を募集する記事を見て、伝統工芸品を作ることが生業として成り立っていることに興味を持つ。今まで会社員としてスタッフや外のお客様に対して人、人、人の関わりで気疲れしていた。そのため一転して、作業に没頭する仕事をしてみたいと思ったのだという。後継者募集は独立が前提だったこともあり、一念発起。8年間に及ぶだるま職人の修行を経て独立した。

吉んと_看板

素焼きのだるまと手書きの看板

自分でもめんどくさいな、と思うほど 治さんのだるまへ対するこだわり

住宅地に突如として現れる素焼きのだるまと、赤い看板が「だるま工房 吉んと」の目印。治さんが生まれ育った場所が作業場として使われている。「だるま職人を募集している」と新聞記事を見つけてきたのが70歳になる治さんのお母さん。そして、結婚し子どももいる状況での転職にも大きな反対はしなかったという奥さんの麻希子さん。2人に手伝ってもらいながらの作業。麻希子さんは「上の子が小学一年生の時に夫がだるま修行に出る、ということになった。修行時代はバイト代ほどの給料しかなかったので私はバイト、内職、など3つくらい子連れで掛け持ちできる仕事をしていた。その頃に比べると今はよくなったかな」と微笑む。現在は夫婦、同じ部屋であれこれ会話をしながら作業しているという。

「吉んと」のだるまは、一般的な高崎だるまに比べると顔が赤みのある淡いピンク色をしている。高崎だるまの特徴であるひげは、豪快な雰囲気にしたいというこだわりから、顔から少しはみ出すように描いているのだとか。そして他のだるま屋さんがもう少し簡単に行っている作業も、ひと手間かけているという。「きれいさには自信があって、実際そのような声をいただくこともあるんですよ。細かいところも気になってしまう性格なので正直、自分で自分がめんどくさいなと思ってるんですけどね」と治さんは笑う。「吉んと」のだるまは、一筆一筆丁寧に製造者の思いが込められているのだ。

吉んと_令和だるま

「令和だるま」梅の花も一つ一つ丁寧に描いている

新元号「令和だるま」に描かれる「梅の花」がもたらしたもの

だるまのシーズンは例年、正月前。11月から年末にかけて注文が始まる。おおむね3月いっぱいでシーズンは落ち着くのだが、2019年は統一地方選があったため春まで製造が続いていた。「選挙が終わってからは多少落ち着くと思っていたんです。でもここからまた、正月を迎えちゃった感じで」と治さん。4月1日、新しい元号が「令和」と発表されたことから、何の気なしに作った「令和だるま」。これが新聞に取り上げられたことで話題となり、注文が殺到したのだ。「令和」の出典は「万葉集」の梅花の歌。「令和だるま」には一つ一つ丁寧に梅の絵が描かれている。あまりの売れ生きに、治さんは普段描いたことのなかった「梅」で肩を痛めたほどだったという。SNSにも「令和だるま」を載せたことで、台湾からの注文もあった。

吉んと_名入れ

カラフルなだるまをバックにだるまに文字を入れる治さん。

700個並ぶだるまを目の前にして思うこと

組合が後継者を募集した結果、独立に至ったのは治さんだけ。年々減って来ている組合のだるま屋は現在50件。「伝統的な高崎だるまが今後も続けばいいなと思う。だるまを買うって、文化というか習慣ですよね。それが続くための一旦を担えればいいなと思います。そのためには変えないほうがいいもの、そして目先を変えて興味を持ってもらうものがあってもいい」と治さん。「吉んと」のだるまが、小さいものだと700個、一度に作業場に並ぶ。「正直、うわって思うし、泣いて許してもらえるなら泣こうかなと思うときもある。かっこよくない話だけどそれでもサラリーマンじゃないだけいい。気持ちが入らないことをやるのは苦手だから」。

最近では近くに住む弟も、仕事が休みの日には手伝いにくる。そんな弟について「『新弟子』が入りまして」と目を細めて話す治さん。「だるまの製造は全部自分の手次第なんですよ。少しでも自分が手を動かさないと。効率よくやれば結果を出せるという作業ではないので、そこが大変」独立してから休みという休みは取ることがなかった。朝から夕方まで出かけたとしても夜、気になって少しでも手を動かしに作業場に来てしまう。そんな治さんの細やかさが「だるま工房 吉んと」のだるまの顔なのだ。

 

Facebook/だるま工房吉んと

instagram/だるま工房吉んと  @kichinto78

 

ライター/田嶋 美歩

■だるま工房吉んと
代表者/小野里 治
住所/ 群馬県太田市新田木崎町1093−3
TEL/0276-56-3344
2019年11月11日 | ライター:suns | 場所:群馬県 | カテゴリー:イベント・祭 モノ・ワザ 歴史・文化 

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