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義貞を巡る旅 郷土料理と共に ~群馬県太田市~

聖徳太子、日本人であれば誰もが知っている人物だと思う。その厩戸王子が作った制度も知っているはず。おぼろげに小学生6年生の期末テストを思い出すと「冠位十二階」が頭の片隅にぼんやりと浮かんでくるのでは無いだろうか。当時筆記問題で書けなかった事を今になって思い出す。皆さんも同様だと信じたい。では、そもそも冠位とは何か、それは朝廷における位の制度である。後世になり幾分かたちは変えたが明治時代まで1000年以上続いていた。その一番上の位は「正一位」。ちなみにどんな人が叙せられたかというと、まず菅原道真、長崎の太宰府天満宮の人というか祀られた神様。また徳川家康、東照大権現様でありまた神様。そして前置きが長くなったが今日取り上げるお方、歴史に名高い源義貞、そう「新田義貞」もその一人である。群馬の人であれば名前くらいは知っているだろう。でも何を成し遂げた人なのか?上州の人でも詳細まで理解している人はどれくらいいるのであろうか。

では簡単にいうと何で名を馳せているのか。皆さんご存知の「いい国(1192)作ろう鎌倉幕府」を「滅ぼした人」である。でも鎌倉幕府の次の室町幕府を開いた人は足利尊氏であり、義貞は関係が無い。ちなみに冠位では足利尊氏は従一位で一つ下である。なぜか?今日はそんな義貞を巡る旅を紹介しようと思う。

 

一番先に訪れるべきは鎌倉幕府倒幕の狼煙を上げた「生品神社」だろう。 高い杉の木が生い茂り細長い神社を囲んでいて、遠くからでもその場所がよく分かる。神社は細長く、本殿へ向かう細い道が伸びる。途中あの有名な姿の義貞像が出迎えてくれた。まずはその後利益に与ろうと合掌する。当時、始めは数十人の集まりだったようだ。その後徐々に集まり、エイエイオーの勝どきを早くも上げ出発といったところだったのだろう。ここでは流鏑馬の催しが開催されるようだ。この細い道に馬が走るのだろう。

次には新田一族が居住していた「反町薬師」の見学が場所も近くいいだろう。元は平城で周囲には堀が巡る。義貞も住んでいたようだ。我が故郷群馬は夏暑く、冬は空っ風で北風が冷たいが四季がはっきりしている。義貞もその気候と義理人情の人達に囲まれ、「そんな」人物になったのだろう。この春には桜、藤も綺麗に咲く。今では厄除けで賑わう寺院だ。境内は広くどこか清々しい。いい鐘が鳴る。少し驚いたが…ぜひ体感して欲しい。

義貞はこの上州の地から鎌倉へ向かい、将軍の補佐役である執権の北条高時を鎌倉で倒した。鎌倉幕府は源頼朝が開府したが3代で頼朝直系が途絶え、代々皇子(天皇の息子、中大兄皇子等が有名ですね)達が将軍職に就く慣例。謂わゆる傀儡政権で将軍の実権は殆ど無く、政治上は全て執権(将軍の補佐役)である北条氏が権力を握っていた。そこで権力を武家から朝廷へ取り戻そうと動いたのが、かの有名な後醍醐天皇。義貞は後醍醐天皇の綸旨(手紙だね)を受けて旗をあげ、いざ鎌倉を目指した。江ノ電に乗り鎌倉へ行ったことがある人は分かると思うが、鎌倉は天然の要害。周囲は山で囲まれ、南は海で守られている。義貞も攻めあぐねたようだ。ここで有名なあの話、稲村ヶ崎(湘南)で義貞が太刀を海に投げ入れ祈願すると潮が引き道が開け、一気に北条氏を追い込み攻め滅ぼすことが出来たというもの・・・。私はこの史実有名だと信じたい。

午前から回っていたのでお腹も空いてきた。ここで群馬の名物を紹介したい。地元で人気のその名も「新田乃庄」だ。もちろん食すのは「お切り込み」。ビールをちびりやる私を片目に連れの若い二人はもぐもぐとその平べったいうどんを美味しそうに頬張る。気のいい社長さんが詳しくこの地の歴史を説明してくれた。そのおせっかいな感じがとても心地良い。大きな店舗で多くの人達が出入りするのにも関わらず、お店の方も気さくで店内はゆったりとした空気が流れているようだ。是非一度食されることをお勧めする。

最後は新田荘歴史資料館を紹介する。館内は義貞の資料が中心だ。地元を紹介するパネルもありなかなか楽しめる。周囲には歴史建造物があり芝生が綺麗な公園も広がる。私のように歴史に触れ、公園を散歩する真面目なデートをしたい紳士にはうってつけの場所だろう。連れの二人もこの地を楽しんで頂けたようだ。

さて義貞はどんな人物なのかもう少し紹介したい。イイクニから100年くらい前、東北地方での戦い前九年後三年の役が起こった。その役を治めたのは武士の中でも神様に等しい存在「源義家」、別名八幡太郎義家。源頼朝も足利尊氏もそして新田義貞もその末裔になる。義貞がなぜ正一位を贈られたかというと最後まで後醍醐天皇に忠義を尽くし戦ったからであり、楠木正成と共に明治時代に叙せられている。その忠義を尽くす気性は上州の人たちに受け継がれているのであろう。また福井県福井市に藤島神社があり、義貞もそこで神として祀られている。

旅はここで終わる。道連れともお別れだ。二人の将来に勝鬨を上げる戦果が出ることを信じて疑わない。

堀の上 鐘の音運ぶ 東風感じ

初桜 満開近し 君重ね

 

 

■新田乃庄
住所/群馬県太田市寺井町896-1
TEL/0276-37-0836
2018年09月05日 | ライター:関矢洋海 | 場所:群馬県 | カテゴリー:歴史・文化  飲食店 

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